今日も逍遥館 ~ 京都大学吉田南総合図書館のブログ ~

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日本文学の旅 in 米国 -Extended Version part 3-

 こんにちは、逍遥館です。
澤西さんの日本文学の旅もいよいよ終わりが近づいてまいりました。最終回は旅(留学)の総括をお伺いしたいと思います。作家として、また大学院で学ぶ学生として、アメリカが彼にもらたしたものが明らかになります。
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研修を終えて、得たものは何だったのでしょう? 

作家としての感想からですが、ソト(日本以外)の世界を持つ重要性を感じました。プリンストンに行ったことで、日本語学の牧野成一先生*1や、学会で基調講演されていた多和田葉子さん*2などと知り合うことができました。またプリンストンとの繋がりで、村上春樹、大江健三郎、リービ英雄*3、水村美苗*4といった名前をよく耳にしました。
今まで日本にいて、日本の作家として存在するにあたり、海外をどういう風に意識したらいいのか解らないところがありました。海外文学は好きだけど、だからといって大体は翻訳で読みますし(もちろん英語も読みますが)、日本語で小説を書いていて、他方、海外にも出たいという欲求のバランスがとれていなかった。海外から日本(語)を見る必要性を牧野さんや多和田さんから聞き、作家が外の世界をもつことはすごく自然なことなのだと、確信がもてるようになったんです。
よくよく考えたら、当時の芥川龍之介や夏目漱石は、皆外の世界を見、それを受けてその世界を日本語で作りなおそうとしているんですよね。ソトの影響を受けて日本語、日本の文化を育てるということが、ずっと昔はあったのに、今はそういった風潮が薄れているだけで、本当は言葉の根幹に関わる大事な要素なのではないかと感じて帰国しました。
日本文学の作家だからこそ、外の世界から日本文学を見つめるという視点が、日本語のレベルで必要なんだなと感じました。日本語というものに敏感になろうとすればするほど外の視点がどうしても入ってくるんだなということが体感でき、今まで持っていた考えが改まりました。芥川や夏目など、近代の作家がやっていた行為は、本当の横文字を見て縦文字になおす、すごくダイナミックなことをやろうとしていたんですね。そんなふうに面と向かってやっていた人達を、単純に縦書きと縦書きになったもの(翻訳)を比べるだけでは浅い調査の仕方なんじゃないかと、今回の滞在で改めて感じました。
小説を書く時にいつも自分が突飛な話を書くので、それを読者に信じてもらえる文体、言葉を最初からおいていけるかどうか、という所でいつもつまずき、悩みます。奇想天外なことを書くので、それを信じてもらえる言葉の世界を創るための「ことば」が必要ですが、それは自分で作っていかなくてはならず、なおかつ毎回違う作業をしいているから、しんどい。同じようなことは、マルケス=ガルシア【Gabriel Garcia Marquez】*5もバルガス=リョサ【Mario Vargas Llosa】*6との対談の中で言っていて、彼は十六歳の時に『百年の孤独』を書こうとして「この話を本当らしく書くための技術と言語能力が備わっていない*7」と痛感して挫折を味わっています。そこから「すべてが起こりうるし、あらゆることがリアルな」ラテンアメリカを「的確に映し出せるよう、物語の技法と言葉を磨き上げる*8」必要性を説いています。そのためには、単純にあることばを無意識に使うのでなく、常に悩み、内容に合わせて工夫していかないといけない。
最近うまく行かず悩んでいたけれど、本当に小説を書く(ひとつの世界を立ち上げる)ってそういう作業なんだなと、今回の滞在で思いました。芥川や夏目も同じような苦しみがあったのではと思います。誰も先に書いている人がいないので。すごい営みをやっているんだ。ということをソトに行ったことによって知ることができました。

 最後に留学をしたいと思っている人、または同じ研究分野の人へのメッセージを一言お願いします。

文化は異文化との対話のなかで発見され、発展してきました。そのソトなる文化圏からの視点を書物から学ぶこともできますが、やはり異なる文化を実際に体感することで、自分の中により多くの視点が根付き、より多くの読者を相手にした研究が可能になるように思います。
日本近代文学、ひいては東アジア文化研究において、英語圏へ留学することは一見無意味でありナンセンスなことに思えますが、同じ研究対象をパラダイムが異なる場所で見つめ直すことは有意義な体験です。機会があれば、ぜひそれを掴みとって、自身の糧にしてほしいです。

 

どうもありがとうございました。  

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日本の外(外国)に行ったことで、日本の中にいては気が付かなかった発見があり、また日本について改めて深く広く考えることが叶った留学だったのですね。澤西さんが最後におっしゃったように、留学を通して、実際に体感することで得るものは想像以上に多いのではないかと思いました。
最後に、今回のお話を伺った際に登場した方々の著作をご紹介します。ご来館の際に手に取ってみられてはいかがでしょうか?(M)

1.日本語が亡びるとき : 英語の世紀の中で / 水村美苗著
所蔵館:吉田南     所蔵場所: 1F 和書 請求記号: 810.4||N||28
2.言葉と悲劇 / 柄谷行人著
所蔵館:吉田南     所蔵場所:B2 書庫 請求記号: 110.4||K||1
3.言葉と歩く日記 / 多和田葉子著
所蔵館:吉田南     所蔵場所: 1F 新書・文庫 請求記号: 岩波新書||R||1465
4.英語でよむ万葉集 / リービ英雄著
所蔵館:吉田南     所蔵場所: 1F 新書・文庫 請求記号:岩波新書||R||920
5.ことばと空間 / 牧野成一著
所蔵館:吉田南     所蔵場所:B1 書庫  請求記号:420||||869

*1:プリンストン大学東アジア研究学部日本語・言語学名誉教授兼同日本語学科長 出典:在ニューヨーク総領事館

*2:ドイツ在住の小説家。外国語圏(外の世界)に居住し、常に外との接点を持って文筆活動をしている。出典:日本人名事典(JapanKnowledge Lib

*3:アメリカの日本文学者。昭和57年「万葉集」の英訳で全米図書賞。プリンストン大学で万葉集を教えていた。出典:日本人名事典(JapanKnowledge Lib)

*4:小説家。「日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」で小林秀雄賞受賞。出典:日本人名事典(JapanKnowledge Lib)

*5:コロンビアの小説家。1967年に発表した年代記風の長編「百年の孤独」で注目された。他に「族長の秋」「予告された殺人の記録」など。出典:世界文学大事典 (JapanKnowledge Lib)

*6:ペルーの小説家。ガルシア=マルケス,フエンテスらと並んで,現代ラテンアメリカ文学を代表する最も著名な作家の一人である。2010年,ノーベル文学賞受賞。出典:世界文学大事典(JapanKnowledge Lib)

*7:疎外と叛逆 : ガルシア・マルケスとバルガス・ジョサの対話 / G.ガルシア・マルケス, M.バルガス・ジョサ著 ; 寺尾隆吉訳  P.41

*8: 同 p.33

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