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今日も逍遥館 ~ 京都大学吉田南総合図書館のブログ ~

京大吉田南総合図書館にまつわる日々の話をスタッフが気の向くまま紹介するブログです

潜入ルポ「ソクラテスと「哲学の始まり」:『ソクラテスの弁明』を読む」グレート・ブックス読書会

もし、みなさんがアテナイの市民で、陪審員を担当していて、

ある日、法廷にソクラテスが被告として呼び出され、

『ソクラテスの弁明』にあるような弁明をしたとしたら、あなたは彼を有罪と判断しますか?

それとも無罪とするでしょうか?

 

この裁判の争点は2つ。

1)ソクラテスは、青年たちを堕落させた

2)ソクラテスは、ポリスの神々を信じず、ダイモニオンという怪しげなものを信仰している

 

こんにちは、逍遥館です。

第9回グレート・ブックス読書会は「ソクラテスと「哲学の始まり」:『ソクラテスの弁明』を読む」。1月14日(木)に行われました。

今回もこっそり図書館スタッフが潜入しておりますよ。

ルポがすっかり遅くなってしまい、申し訳ありません。

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今回は光文社文庫版の『ソクラテスの弁明』*1をテキストとしましたが、有名なのは岩波文庫版*2。なんと、岩波文庫の累計ベストセラー1位。(2012年12月現在)

 

コーディネーターの阿部さんが、本書を選ばれた理由は、どうやって哲学を教えていけば良いのか悩み、初心に立ち帰るためだったとのこと。

 

哲学書を読むときは、言葉に注意して、言葉のちょっとした違いを大事にして読むのだそうです。用意してくださったレジュメでも、言葉のちょっとした違いに着目した記述がたくさんありました。

 

「専門家が集まる読書会では資料をどう読んだかを議論しているのだけど、当読書会のような入門読書会と地続きでつながっているんですよ。」とのことで、哲学の専門家の方々の読書会の雰囲気が少しだけ見えたような気がします。

 

旧来の解釈では、この裁判そのものが民主派と寡頭派の政治的争いに関係する陰謀であるのをソクラテスは知っており、その上で”空とぼけ”の弁明を行ったというのが主流でしたが、最近ではこの解釈は下火になっており、ソクラテスは自らの哲学活動の真相を明らかにすることで、真剣に無罪を勝ち取ろうとしているという解釈が主流になってきているそうです。解釈も変わっていくんですね。

  

参加された皆さんの感想をいくつか抜き出してみました。

・哲学書を読んでいると、内容を追うのに必死で、言葉の微妙な違和感を無視してしまいがちになるが、言葉を用いて哲学する以上、言葉にこだわり続けることが大事だと気付かされた。
・自分とは異なる視点での解釈を教えてもらうのはやはりおもしろいと感じた。
・かなり前に『ソクラテスの弁明』を読んだが、今回の読書会で自分があまり細かく考えていないことを思い知らされた。
・単なる読書会という形式ではなく、研究や公的な学会のようなスタイルの先取りで、内容のみならず、非常に有益であったと思います。
・ソクラテス裁判において自分の思い込みみたいなものが多かったのが明らかになってよかったです。"ダイモニア"の話が意外でした。
・ダイモニオンと恥ずかしさをつなげるのはおもしろかった。

 今回読み返して、昔読んだ時は「ソクラテスは何言ってるかよく分からないめんどくさそうな人。」という印象だったのが、少しソクラテスの言わんとすることが分かった気がします。

 

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そして、当読書会では、ソクラテスは圧倒的多数により、無罪!となりました。

 

なお、コーディネーターの阿部さんと、哲学がご専門の参加者の方は有罪かな…とのこと。むむむ…、この程度の弁明では物足りない、のかもしれませんね。

 

(A)

*1:「ソクラテスの弁明」プラトン著 ; 納富信留訳. 光文社, 2012.  [光文社古典新訳文庫]

*2:「ソクラテスの辯明 ; クリトン」プラトン著 ; 久保勉譯. 新改訂版. 岩波書店, 1950. [岩波文庫]

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